なぜ日本の老人は集団自決をしなくなったのか?戦争責任を問う

まあしてた時代などないだろうけど。

でも実際、過激に言えば老人、生きすぎじゃね?って感じがする。もっと潔く死ぬ方が良くない?って思う。自分が若いからだろうか。無駄にしぶとい。(ボロクソ言うやん)

これを、社会科学的分析や、構造的論理ではなく、精神論で考えて見たい。

精神論は大事だ。学校や社会ではバカにされるのがトレンドの令和の時代でも、病院で難手術の予後を左右するものの一つに、根性や生きる気力があることは親戚の医者達に聞いたことがある。

老人達も同様、彼らが長生きしているのは、彼らが生きようとしているからに違いないのだ。
なぜ彼らは長生きしようとするのだろう?このまま成仏できない、思い残す理由があるのだろうか?

ある。それは日本人の本来の生き方を後世に伝えることである。(いきなり思想が強くなってしまった・・・)

二次大戦の敗戦。それは世界で唯一、西欧列強に支配されることなく近代国家を築いた日本の、初めての挫折である。戦後アメリカによって言論は統治され、それまでの日本人が築いた全ては、自己否定されなくてはいけなくなった。

もちろん、軍国主義が良かった訳ではない。だが現代の教育では、戦前の日本(=軍国主義)=悪。という図式を教えられている。実際に軍国主義だったのなんて、一部だっただろう。戦争で残虐行為をしたのは、日独伊だけだと、なぜか皆が信じている日本。

歴史は勝者が作る。日本人の本来の生き方は戦争と共に語ることを禁じられた。それを知っているのは、しぶとく生きる一部の老人達だけだ。

結果として日本人は自分達を見失い、国民の不安感は世界随一だ。

だから老人達は生き続けているのだ。語ることを禁じられた、本来の日本人の生き方、姿を後世に語りたくて。

もうすぐ敗戦記念日である。夏こそ、老人達の昔話に耳を向け、昔の日本人の叡智を受け継ごう。そうすれば、日本人がどうやって子供を沢山育ててきたかもわかり、老人達も思い残すことなく旅立ち、日本の少子高齢化は解決するだろう。(罠で、年中聞け)